◆高瀬佳子というピアニスト◆

京都ノートルダム女子大学 人間文化学科教授 音楽美学 小川光

    ピアニスト高瀬佳子を知ったのは15年ほど前のことで、それも彼女の夫君で作曲家である十河陽一氏から「こんなピアニストがいる」のようなことを聞いたのが最初だったと思う。当時われわれは、音楽外のこと、滅び行く京都の景観や自然を守りたい一心からの純粋な運動をしていて、そのことを通じて知り合ったのである。自分なりに美学・芸術学の立場からつねに「自然」というものに思いを致していたが、3人で音楽活動を始めてみると、互いの音楽的または音楽上の波長が合うのは、自然や自然性をベースにした共通の考えにあるらしいことが分かった。しかし、効果のための誇張や技術の名の下に心の自然な表現をなおざりにすることを避けることもまた決して容易ではない。普通に奏でたり、作ったりすることが簡単に美に結びつくというなら、芸術家の素養を持った人は結構いることになるだろう。

    すばらしい演奏を聴いたあとでピアニストにその秘訣をたずねると、たいていは「楽譜に書いてあるとおり弾いただけです」と返される。高瀬佳子はよく簡単そうに見える曲の楽譜とも格闘しているが、結果は、あの曲のどこにこんなことが隠されていたのか、と驚かされる発見となる。彼女もまた自然に演奏するということの難しさを十二分に知ったピアニストであり、何よりもすばらしいことは、それでいて彼女の奏でる響きの中に作曲家の心の声が共鳴して聞こえてくることである。

    ここに収録されたすべての曲では、ピアニズムがどうのディナーミックがどうのとは言うまい、ピアニスト高瀬佳子のそのような本領が発揮されていて、何よりも奏でられる響きに作曲家の心を感じ取っていただきたい。